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東京地方裁判所 昭和63年(特わ)2579号 判決

本籍

東京都板橋区蓮沼町八一番地

住居

同都文京区大塚五丁目三〇番七号 大恵ビル三B

会社役員

松窪幸司

昭和二二年一月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官渡辺咲子出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金八〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都豊島区北大塚二丁目八番三号所在の第一不二荘六〇四号ほか三か所において、「早川事務所」等の名称で貸金業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、収入の一部を除外し、仮名の預金を設定するなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和五八年分の被告人の実際総所得金額が六七六〇万七三三三円あった(別紙1修正損益計算書参照)のにかかわらず、所得税の法定納期限である同五九年三月一五日までに、東京都豊島区西池袋三丁目三三番二二号所在の所轄豊島税務署の同税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同五八年分の所得税額三六〇三万四九〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れ、

第二  同五九年分の被告人の実際総所得金額が一億九一五八万三五五三円であった(別紙3修正損益計算書参照)のにかかわらず、所得税の法定納期限である同六〇年三月一五日までに、前記豊島税務署の同税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同五九年分の所得税額一億二〇六二万八〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れ、

第三  同六〇年分の被告人の実際総所得金額が三億二三〇万九九三四円あった(別紙5修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月六日、前記豊島税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二八八万九〇〇〇円で、これに対する所得税額が七万六七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第一七三号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億九七六七万七八〇〇円と右申告税額との差額一億九七六〇万一一〇〇円(別紙6脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書

一  被告人の収税官吏に対する質問てん末書一一通

一  磯部登起雄及び本村利治の検察官に対する各供述調書

一  松窪利雄(二通)、磯部登起雄、本村利治、松窪良子(二通)、鶴見房枝(二通)、藤代生司及び中山直一の収税官吏に対する各質問てん末書

一  収税官吏作成の領置てん末書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  利息収入調査書

2  広告宣伝費調査書

3  雑給調査書

4  事務所管理費調査書

5  水道光熱費調査書

6  旅費交通費調査書

7  通信費調査書

8  接待交際費調査書

9  消耗品費調査書

10  車輌関係費調査書

11  減価償却費調査書

12  福利厚生費調査書

13  利子割引料調査書

14  地代家賃調査書

15  貸倒損失調査書

16  雑収入調査書

17  給付補てん備金〔雑所得〕調査書

判示第二、第三の事実につき

一  収税官吏の作成の次の各調査書

1  歩合報酬調査書

2  支払手数料調査書

3  利子収入調査書

判示第三の事実につき

一  収税官吏作成の雑損失調査書

一  押収してある所得税確定申告書一袋(平成元年押第一七三号の1)及び収支内訳書一袋(同押号の2)

(法令の適用)

一  罰条

判示第一ないし第三の各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

いずれも懲役刑と罰金刑の併科

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

四  労役場留置

刑法一八条

(量刑の理由)

本件は、貸金業を営んでいた被告人が、昭和五八年以降三年間に合計五億六一五〇万八二〇円の所得をあげながら、同五八年分及び同五九年分については全く申告せず、同六〇年分についても二八八万九〇〇〇円を申告したのみで、大部分の所得を秘匿して、右三年分合計三億五四二五万六八〇〇円の所得税を脱税したという事案であって、脱税額が高額で、脱税率も九九・九七パーセントに及んでいること、右所得は高金利による貸金収入であること(本件の客層及び客に対する取立ての実情を考えても、秘匿所得額からいって余りにも高利率である。)犯行の動機についても、被告人の家族の将来や事業拡大の資金獲得を意図したことによるもので、さほど酌むべきものではないこと、右動機が被告人の不幸な生い立ちに根ざすとしても、それにしては本件秘匿所得は、その意図するところより余りにも高額であること、また、そのうちの高額な部分につき右以外の目的に使用されていることも窺われること、被告人は本件犯行後、個人営業を法人化したが依然として高金利による営業を継続し、しかも当初は必ずしも納税の意欲を有しなかったこと等を考慮すると、被告人の責任は非常に重大であるといわなければならない。

したがって、被告人が、本件発覚後全面的に犯行を自白して事案解明に協力していること、本件各年分の修正申告を行った上、本税の約八〇パーセントを納付ずみであること、本件において金融業の実態とその所得を正確に帳簿に記載していたこと、これまで両親や兄弟の経済的な世話をしてきたこと、金融業を廃業し給与生活者として再出発していること、本件犯行の背後には被告人の不幸な生い立ちや身体的なハンデイキャップが存在したこと、本件が新聞等でも取り上げられるなど既に相当の社会的制裁を受けていること、被告人には風俗営業等取取締法違反と競馬法違反によりそれぞれ罰金刑に処せられたほかには前科がないこと、その他被告人の性格、家庭の事情等、被告人のために有利な、又は、同情すべき事情が認められるが、これら被告人のために酌むべき諸事情を極力斟酌しても、前記責任の重大性に鑑みると、本件は執行猶予に付すべき事案とは認め難く、主文掲記の実刑は免れないものと判断した次第である。

(求刑 懲役二年六月及び罰金一億円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村俊夫)

別紙1

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2

脱税額計算書

〈省略〉

別紙3

修正損益計算書

〈省略〉

別紙4

脱税額計算書

〈省略〉

別紙5

修正損益計算書

〈省略〉

別紙6

脱税額計算書

〈省略〉

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